推移

灯油の値段と年間消費量

東京や大阪の大都市圏では室内暖房のエアコン化が進み、石油ストーブが目立たなくなったという。東京・新宿の燃料店主によると「毎年少しずつだが販売量が減少中」とか。だが、寒さの厳しい地域ほど石油ストーブの比率は高い。理由は簡単だ。まだまだ電気・ガス料金より灯油の価格のほうがかなり安いからで、これが文明の利器が進歩しても勝てない原因だ。

昭和48年のオイル・ショック後は輸入原油の価格上昇から灯油の値上げが続いた。こうした灯油価格の横ばいにより電気・ガスによる暖房費より割安となる。消費量が着実に増え続けるのは当然だ。最近の石油ストーブは安全性にすぐれ、阪神大震災でも石油ストーブによる火災の例は少なかった。灯油のかわりに黒いダイヤ・石炭全盛時代だった戦後の復興も、いまや人間から見捨てられてしまった。北海道にも九州にも掘りかけの炭層は残されたまま閉ざされた。昭和51年筑豊炭田(見島炭鉱)の閉鎖が事実上石炭時代の終わりであった。

灯油価格 灯油消費量
昭和20年(1945)
昭和21年(1946)
昭和22年(1947)
昭和23年(1948)
昭和24年(1949)
昭和25年(1950)
昭和26年(1951)
昭和27年(1952)
昭和28年(1953)
昭和29年(1954)
昭和30年(1955)
昭和31年(1956)
昭和32年(1957) 991,353
昭和33年(1958) 1,174,555
昭和34年(1959) 1,542,525
昭和35年(1960) 1,911,972
昭和36年(1961) 2,321,192
昭和37年(1962) 3,080,973
昭和38年(1963) 3,750.60
昭和39年(1964) 4,620,758
昭和40年(1965) 5,235,554
昭和41年(1966) 406 6,185,288
昭和42年(1967) 375 8,644,335
昭和43年(1968) 369 10,214,470
灯油価格 灯油消費量
昭和44年(1969) 353 13,434,486
昭和45年(1970) 369 15,835,344
昭和46年(1971) 405 16,241,635
昭和47年(1972) 369 18,116,774
昭和48年(1973) 405 21,929,708
昭和49年(1974) 577 21,394,441
昭和50年(1975) 679 21,663,464
昭和51年(1976) 763 24,830,479
昭和52年(1977) 792 24,010,567
昭和53年(1978) 759 25,517,324
昭和54年(1979) 944 24,524,338
昭和55年(1980) 1,543 23,566,080
昭和56年(1981) 1,628 23,637,194
昭和57年(1982) 1,791 22,146,388
昭和58年(1983) 1,718 25,496,110
昭和59年(1984) 1,613 24,561,861
昭和60年(1985) 1,494 23,307,126
昭和61年(1986) 1,246 25,287,906
昭和62年(1987) 918 26,411,255
昭和63年(1988) 842 27,570,644
平成4年(1992) 1,122 27,652,490
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