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紙芝居を経て世界へと飛び立った日本マンガ文化

戦争を堺にして日本マンガは、最初の大きな転換期を迎えたと言われている。戦前のマンガにも、当時のベストセラーと呼ばれる作品は存在していたが、実際問題として、当時の子供たちには高価すぎて手が届かない存在であった。当時、子供たちが夢中になっていたのは、紙芝居だった。そのため、戦後に人気を得たマンガの多くは、紙芝居のコンテンツを再利用したケースが多かった。戦争で焼失してしまった紙芝居を、マンガというカタチで生まれ変わらせたのだ。戦前とは違い、価格も安価で抑えられるように『赤本』というスタイルで販売された。赤本とは、表紙に赤色が使われていることが多いため、そう呼ばれていた本だが、書店ではなく、駄菓子屋や紙芝居屋で頻繁に販売されていた。しかし、どんなに価格を抑えた赤本でも、当時の子供たちにとっては、まだまだ高嶺の花であることに違いはなかった。そこで登場したのが貸本屋だ。貸本屋の登場により、マンガは全国の子供たちに広まった。

鉄腕アトム

鉄腕アトムは日本漫画史上最大のヒーローといっても過言ではない。戦後の復興といった単なる感傷から誕生したものではない、20世紀末から21世紀へかけての文明的課題に応える思想を胚胎させているからである。手塚治虫は人間同士が殺しあう戦争の殺伐さを経験したにもかかわらず人間不信のペシミズムに陥らず、人間の可能性に賭け、鉄腕アトムをこの他に送り出した。鉄腕アトムが人間そっくりのロボットというところに手塚哲学の真骨頂がある。十万馬力のジェット推進力をもつ無敵の機械であるが、お茶の水小学校の六年に在学し、勉強もし遊びもするごく平凡な子どもである。誰もロボットだとは思わない。しかし、人間にとどまっていない。というより本当の人間らしい人間という人間の理想像の体現者たろうとする。人間以上に人間味があるが、つねに人間に従っている。機械優先をいつも押えている。鉄腕アトムは思想性の豊かさもさることながら従来のマンガの紙芝居的平板な画面に流動的な映画的技法を導入したところに爆発的人気を呼んだ原因がある。科学万能時代の申し子にふさわしく視聴覚文化の技術を思う存分駆使している。鉄腕アトムにはアトムの他にアトム生みの親で科学省長官天馬博士、アトム育ての親、お茶の水博士、アトムとともに難事件に立ち向かうヒゲオヤジとったキャラクターも魅力的である。これらの登場人物はアトムが人間の幸せのために働いてくれることを祈り、科学の善用をつねに考えている。

鉄人28号

横山光輝の描く鉄人28号は少年探偵金田正太郎が操縦すると正義の味方となるが、悪者どもが操縦すると悪魔の手先となる人間臭の強いロボットである。鉄人誉首をつくったのは正太郎君の父、金田博士と敷島博士である。30年に完成された無敵のロボットをめぐって物語は展開する。良いも悪いもリモコン次第という鉄人28号には作者横山光輝の深みのある思想が感じちれる。ロボットを子供の憧れやおもちゃのレベルにとどめずに人間の善悪の二面性を遠慮なく措いている。これは科学の発達にともなって科学を用いる人間次第で善用もされ、悪用もされをという法則を示唆していることにもなる。したがって、文明の利器といえど操作する人間次第ということである。無益な戦争にこりごりしていを心理が働いている。鉄人28号は操作されるロボットという性格上、少年ファンにはレバー2本で自由自在に操る快感はたまらなかったに違いない。自分と一体である感覚を肌に感じたのだろう。鉄人28号は万能ではなかった。背中のロケットがこわれたり、手がもげたりする。作者は、いかにも現実的なところを描いてみせ、読者に親近感を抱かせた。さらにあきっぽい読者を引きつけた要素は鉄人28号のライバルを次々と登場させだことであろう。革命軍のロボット部隊を壊滅させ、その本部に肉薄した新鋭ロボット・サターンもその一つである。ギルバードとかファイア2世とか人造人間モンスターとかブラックオックスといった面々に子どもたちはやんやの柏手を送ったようである。

おそ松くん の流れ

昭和30年代、子どもたちには横丁という遊びと生活の場があった。ちょっとした冒険と気のおけない仲間達、学校と家庭の間に横たわる解放区としての横丁は、子どもが子どもらしく生きられる世界だったのかもしれない。生活マンガ・家庭マンガの流れにあり、子どもたちの共感と日常性を武器にしていたゆかいマンガは、雑誌の中の笑いを一手に引き受けていた。落語的な匂いを持つ「よたろうくん」が最初のヒット作である。ちょっと頼りないよたろうくんの巻き起こす笑いに続いて、同じく落語の流れにある「ロポット二等兵」(前谷惟光)やダジヤレあふれる「ごろっペ」が人気を得るが、スーパーヒーロー大量生産時代に入ると、マンガの日常性を描くジャンルとして、横丁ゆかいマンガは、雑誌に必要不可欠なものとして多くのゆかいなキャラクターを生み出していくことになった。「台風ぼうや」、「ナガシマ君」(わちさんペい)、「ピカドン君」(ムロタニッネ象)。それらの主人公達は読者である子どもたちと共に横丁を校庭を駆け回った。しかし、週刊誌のペースにそれはちょっぴりあわなかった。しかもオリンピックを境に、横丁が消えていったのだ。かくして、横丁ゆかいマンガは、さらに笑いを前面に押し出したギャグマンガへと変わっていくことになる。もちろん「おそ松くん」の赤塚不二夫の登場が状況を一変させたのだ。そこには、日常性を逸脱してもとにかく笑わせようとする強烈なギャグ精神があった。赤塚ギャグの快走の中で、森田拳次やパロディーとエロチシズムの永井豪、ジョージ秋山といった新しい笑いを描く作家が登場していき、夢のある生活マンガを手がける藤子不二雄、スラップスティックを描こうとする石ノ森章太郎、ハイセンスな笑いを追求する、つのだじろう等のトキワ荘グループががんばった。

スポ根と梶原一騎

スポーツ物は少年マンガの主流として続いていたのだが、原作者梶原一騎と劇画が結びつくことで、強烈なインパクトを持つスポーツ根性劇画というスタイルが確立されるやいなや、少年誌はほとんどそれ一色に塗りつぶされることになった。東京オリンピックが終わり、メキシコに向けて盛り上がっていたという時代背景もあったが、梶原一騎の強引なひきのテクニックと大時代的なセリフを含めた迫力のドラマツルギーが読者を魅きつけたのだ。よりリアルに、しかもおおげさに。大上段からの直球は、読者にズツシリと受け止められたのである。父の夢を継いで巨人軍のエースを目指す少年を描いた「巨人の星」がその始まりだった。しかもそれは、ビルディングスロマン的構造を持つと共に、読者の成長とぴったりと重なりながら、青春マンガとしても展開していった。それまでも、実名で力道山を登場させたプロレスマンガ「チャンピオン太」やスポーツ読み物を手がけていた梶原は、この作品で確立した方法論で、あらゆるスポーツを扱っていった。彼のマンガによって創られた「タイガー・マスク」が、実際にリングに登場したり、極東会館という実在の団体を扱ったりと、虚実入り交じった世界は、リアルな迫力を持ち、メディアと結びつくことで昂奮を呼んでいった。マンガ家を扱った「男の条件」、ミュージシャンを扱った「歌えムスタング」等の「巨人の星」コンビ作品も同様である。こうしたブームは、少女マンガにも波及し、「サインはV!」「アタックNo1」等のヒットを生み、より活動的で能動的な少女像を生み出していくことになる。ただ、これらスボ根マンガの中には、貧乏な昭和30年代から中流の40年代へという日本の社会の動きが、そのまま内包されており、裕福さが時代を覆う頃には、クサいドラマとしてパロディのネタにしかならなくなった。

安定感が求められた少女マンガ少女

少女マンガの発展も、少年マンガの発展同様、貸本屋抜きには考えられない。1950年代に誕生した貸本屋は、当時の価格で、僅か10円という安価でマンガを読むことができた。そのため、貸本専用の出版社も出現した。貸本専門の出版社は、本来の出版社と比較して敷居が低いため、マンガ家も気軽に原稿を持ち込むことが出来たといわれている。こうした背景を受けて、女性マンガ家の数が次第に増えていった。しかし、初期の少女マンガの多くは、男性マンガ家が描いていたため、多くの女性読者の支持を得るには至らなかった。そんな中に登場した女性マンガ家の作品は、テーマが身近なモノが多く、主人公に感電移入がしやすいので、発売すると同時に多くの女性読者に受け入れられた。中でも、当時人気が高かったテーマは「ハッピーエンド」だった。戦後の荒廃した時代において、最後が必ず幸せで終わる安定感はとても大切な要素だったといえる。そして、1972年『ベルサイユのバラ』が発表された項、少女マンガも黄金時代を迎えていた。

あんみつ姫

昭和24年はまだ衣食住にこと欠く時代であった。が、ようやく飴菓子の自由販売が許され、大衆はおいしいものを食べたいと思い始めていた。そんな折、光文社から「少女」が刊行されることになった。編集部は用紙事情のきびしい制限の中での少女雑誌の創刊ということで担当者たいは雑誌のシンボルとなる企画を真剣に考えた。そこで売り出し中の長谷川町子と同じ田河水泡の門下である倉金良行(章介)に白羽の矢を立てた。子どもに夢をあたえるには「食べ物と着る物」だということになり、女の子にはあんみつに限るということに決まった。時代の申し子「あんみつ姫」は少女たちのロマンをかきたて、その振りそではあこがれの的になった。不自由な時代を生きる少女たちに欠けているものをあんみつ姫がすべてかなえてくれたのである。

キャンディキャンディ

「キャンディキャンディ」には、最終回まで、解けない謎が2つある。ひとつは、みずしらずの孤児キャンディを養女として迎えてくれた、ウィリアム大おじさまの素顔。2つめは、孤児院時代に出会い、やさしくキャンディを励ましてくれた、スコットランド衣装の少年。キャンディは密かに「丘の上の王子さま」と呼んでいる。さて、この2つの謎をちらつかせながら、キャンディの幼児から立派なレディになるまでを描いていくのが大きな軸なのだが、全国の少女を愕然とさせたのは、キャンディの初恋の人アンソニーが、いきなり落馬して死んだことだった。ここでやっとこれが「大河ドラマ」だったと気付くのだ。さらに追い打ちをかけるように、恋人テリィも、いじわるなイライザの陰謀で遠く旅立ってしまう。思えばイライザもずっといじわるだったのが、ここまで徹底的にキャンディをいたぶるとは予想外だった。看護婦をめざすようになったキャンディは第1次大戦を経て、夢にまで見た2人の人物と対面する。

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